sigasiga’s diary

ファッションと音楽のつながりをCDレビューを通して紹介・考察するブログです。

POST ROCKの世界へようこそ。

今回はPOST ROCKの盤紹介。

POST ROCK・・聞いたことありますか?たぶん、多くの人は馴染みのないジャンルですよね。それか名前は聞いたことがあるけど・・とか。でも理解をしていくととても深く、すてきなジャンルなので、数枚を紹介、ヒストリーなどを語っていきます。

 

ポストロック/POST ROCKという呼称の起源

イギリスの音楽ジャーナリストであるサイモン・レイノルズがミュージックマガジン《MOJO》においてブラックサイコシス(BLACK PSYCHOSIS)というバンドのアルバム『HEX』を評したレビューが起源とされているという説が有力らしい。

演奏方法やインスピレーションなどルーツ的なものは存在しますが、ジャンルとしての定義づけはなしと言っていいかも。メタルのマナーで音を奏でるもの、サイケ、フォーク、ジャズなどの要素も多岐にわたっているものもあれば、それぞれの作品を構成しているから。

発生時期はおそらく1990年代。メタル、ヒップホップ、そしてグランジのムーブメントの渦中。パンク、ハードコア→80年代のレボリューションサマー(ポストハードコア)を通過したバンドのメンツ、元バンドをやっていた人たちが音に向き合いひたすらテストを行い、自分たちのやっていたロック(音楽)のそのさきを真摯に追求した新しいフェーズのミュージック。

2000年代に入り、リバイバルムーブメントへ突入。新しい音が見つからないこの年代、徐々にフォーカスされ見直されることに。傾向としてはボーカルものもあるけどインストバンドの方が多い感じかな。

 

レコード、CDをオーディオにセットし、再生。すぐにノリにのって・・という類のものではなくてたとえばロック、ラップなどがメッセージを耳で聞き、頭で理解し行動に移すためのものだとしたらポストロックは体で感じる音だと思います。体感の音楽でヒーリングやクラシック、環境音楽(アンビエント)に近いものだと思います。部屋で、車でとかがぴったりかも。このジャンルには日本で音響派(Abstract Sonics)と呼ばれていたシカゴのコミュニティがあり、ここからすてきなバンドが多数の優れた作品をリリースしています。ジョン・マッケンタイア、サムプレコップ、アーチャー・プルウィットといった人たちが有名。

シカゴ系作品

 

 

 

あとシカゴで忘れてはいけないのは重要人物ジム・オルーク(Jim O'Rourke)。1994年にガスター・デル・ソルというバンドに加入、この時のメンバーにはジョン・マッケンタイア、デヴィット・グラブス、バンディ・K・ブラウン。その後、ジョンとバンディが抜け、デヴィットとジムのふたりに。関連作で聞きやすい6枚のアルバムを紹介します。

 

 

 

 

 

  

前述の作品が全てではないですが、個人的にお気に入りです。よかったら聞いてみてください。ルーツにハードコア、パンクの精神を宿しているとは思えないくらいきれいで緻密な作品ばかり。

ルイヴィルのシーンについて

今度はケンタッキー州ルイヴィルのシーンについて。このルイヴィルという土地にも欠かすことのできないルーツがあり、デヴィット・グラブスが加入していたスクワレル・ベイト(1995年)からスリントへと発展。スリントのメンバーはデイヴィット・パホ、ブライアン・マクマハン、イーサン・バックラー、ブリット・ウェルフォードの4人。『Tweez』、『Spiderland』代表作は絶対聞いてほしいマストな2枚。スティーブアルビニが1stアルバム、2ndアルバムをプロデュース。2ndの写真はウィル・オールダムによるもの。そしてデイヴィッド・パホ自身もパパ M(WHATEVER MORTAL)というソロブロジェクトをしたり。この作品にはタラ・ジェイン・オニール、ウィル・オールダム、元スクワレル・ベイトのブリッドも参加。また、スマッシング・パンプキンズのジェームズ・イハとパホがメインのバンドのズワン(ZWAN)や他にもDead Childなどでも活動しています。デヴィット・グラブスとワシントンDCに移住し、バストロというバンドをジョン・マッケンタイアと組みます。このバンドもなかなかのかっこよさ。ハードコアをルーツにもつヒリヒリ感もよし。

ルイヴィルには良質なバンドが多く、タラ・ジェイン・オニールが在籍していたポストハードコアバンド ロダンやソノラ・パイン、スリント のメンバーブライアン・マクマハンのフォー・カーネーション(The For Carnation)などよいバンドが多いのも特徴。このルイヴィルにはその後でシカゴで起こるポストロックムーブメントの中心人物のルーツもあり、この土地のアーティストを追っていくとここでは紹介し尽くせないくらいさらに深いシーンにも触れることができると思います。その土地土地でシーンが違い、バンドの出す音に傾向があったりするのですが、まずはこだわらずにかっこいいと思ったジャケット、信用のあるレーベルなどで判断して気軽な気持ちで聞いてみてください。ジャケットひとつにしてもおしゃれなアートワークが多いので収集心に火がつくと思います。パンク、ハードコア、ポストロック系を多く扱っているレーベルだと

  • Thrill Jockey
  • Drag City
  • Quarter-stick
  • Touch And Go
  • Temporary Residence
  • Kranky
  • Polyvinyls
  • JADE TREE

などが有名。今回紹介しているディスクだとThrill JockeyやQuarter-stick、Drag Cityなどが入っています。CD、レコ屋、または中古屋さんでたまたま手に取ったものにこれらのレーベルの名前があったら全部がまちがいなしというわけではないですけど、ひとつの情報としてとらえていればお気に入りの盤を手に入れるきっかけになるかもしれないですね。ちなみにぼくはレーベル買いを結構します。ごく稀に変なのもあるけどそれはそれで楽しいです。

最後に盤紹介。

 

 

 

 

 

服買いあさり日記とちょっとだけ本の紹介 - 2

今日も最近買った服とか本とか紹介します。

 

『チャコ(Chaco)』のサンダル

f:id:sigasiga:20200610021313j:plain1988年アメリカのサンダルブランドでユーク・ペイジェンというリバーガイドだった人が納得のいくものを作ろうということでできたブランドだそうです。余談ですがチャムスもリバーガイドだった人が作ったブランドでしたよね。セールでちょっとだけ安くなってたし、夏だしまあいいなと思って買いました。

実際使ってみると、ものすごく履きやすいです!!ソールは少し厚めでウェビングストラップ(調整用のヒモ)がミッドソール内で体に繋がっているのでサイズ調整も融通がきくし、ホールド感もいいです。いっぱい履くことにしよう。

 

『ロトト(RoToTo)』のソックス

サンダルを買ったのでついでに靴下も買っちゃった。2足購入。

ちょっと肉厚でとても丈夫です。国内一の生産量の靴下産地、奈良県でつくられているいるらしい。原料になる糸は季節や用途によって使いわけられているそうです。だから肌触りいいのか・・。これもたくさん履くことにしよう。

 

 

本の紹介『ダイナー』

前回に続きまた本の紹介。今度のはちょっと前の作品、『ダイナー』。映画化もしてましたね。内容はマフィアに身を売られた主人公オオバカナコが殺し屋専用のレストラン”ダイナー”で働くという話。
来店する極悪非道、でも個性が豊かな殺し屋たちと彼女との駆け引きがスリリングに書かれています。「キャンティーン」の店主が作る料理もおいしそう。店主の相棒、ブルドックの菊千代もかわいい。映画もみてみたいなあ。
 
 

『キャンバー(CAMBER)』のTシャツ

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ブランドの代名詞である8オンスの天竺編みボディ。要するにヘビーウェイトということ。キャンバーはずっと好きで着続けています。

もともとは1948年にニッティングミルとして誕生し、その後カレッジ用のTシャツを作っていただけあってかなりのタフさ。ちなみにアメリカのブランドでいまだにMADE IN USAを貫いています。アメリカ製っていうだけでも何か雰囲気もかっこいい気が・・。

今回は白ポケTシャツを購入。オーバーサイズで着るとかっこよし。カラーも豊富にあるので、次は色物を選ぼうと思います。

 

次回は POST ROCK編 |▶︎

服買いあさり日記とちょっとだけ本の紹介

今回はだいぶ前から気に入って着ているアウターと最近買ったスウェット、本を紹介しようと思います。

『オレゴニアン・アウトフィッター』のワックスジャケット

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まず、お気に入りアウター。

オレゴニアン・アウトフィッター(Oregonian Outfitters)の60/40クロスジャケット。60/40クロスとはコットン60%、ナイロン40%の割合で作られた生地。かれこれ2〜3年着てます。このブランドはマイナーなのかな??ちなみに名前の通りアメリカのブランドです。ブランドロゴに描かれているのはMt.hoodというアメリカ、オレゴン州にある名山をモチーフにしているらしいです。

1965年から始まったアウトドアブームが下火るのと並行し、しばらく生産もなく停止状態に。2011年くらいから再開しており、僕が買ったのもそれ以降のもの。古着で似たようなジャケットを持っていたこともあったのでなつかしいし、かっこいいと思い購入。60/40クロスを使っているので通気もよく、ある程度摩擦やスレなどにも強く、ガシガシ着ています。

オレンジを選んだんだけど、ベージュと黒もあったので他の色も欲しいなあ。

『カーハート』のスウェット

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こちらもたまに着ようかなと思い、ほしくなって購入。カーハート(Carhartt)のスウェットです!!

フロント 、下腹部分に小さなブランドロゴが1個だけちょこんとついているシンプルなもの。色はグレー、こちらは古着。USA産のちょっとルーズなサイジング。やっぱり本国のデザインが好きだし良いと感じます。元々はアメリカ、デトロイトでできたブランド。1889 年にワークウェアの生産を始めていて、代表作だとカバーオール、ペインターパンツらへんじゃないかなと思います。個人的にはヘビーウェイトなダックのジャケットも好き。

ハルミトン・カーハートによる自身の名を冠したブランド名です。彼が27歳のとき、衣料品の卸売からスタートさせていて、その後、《ハルミトン・カーハート・カンパニー》という会社に。デトロイトの労働者のために作られたワークウェアでしたがあまりヒットせず。試行錯誤してできたのが有名なカバーオール12オンスコットンを使ったボディと強固なディテール。”トリプルステッチボタンホールの強化”、”銅作りのリベット”。そして特許を取得しているビブデザイン、ワイドレッグス、ハンマーループ多数び収納ポケットを備えた、当時としては優れもの。

と、それを応用したペインターパンツはやっぱりかっこ良し。でも今回はそんな2点を買わないで、なぜかスウェットを選んでしまったので一生懸命着ようと思います。

本の紹介『銃とチョコレート』

服の紹介ではないのですが梅雨も近いし、読書も好きなので。

ということでジャンル関係なく紹介しようと思います。好みは別れると思いますがよければ見てみてください。

作風がちょっと変わっていて、全体的にひらがなが多く児童書っぽい雰囲気。舞台は昔のヨーロッパ。産業革命後??イメージとしてはロンドンっぽい感じ。少年リンツによる冒険ミステリーもの。最近読んだ中では一番おもしろかったかも。登場人物の名前がロイズ、リンツ、ドゥバイヨルなどチョコレートやお店の名前だったりと一見ちょっとポップなかんじ。ですが、シンプルな文体も手伝い一気読みできるような目まぐるしい展開。ぜひ手にとってみてください。

リック・ルービンさんとヒストリー・・ちょっとだけおすすめ盤紹介

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Free-PhotosによるPixabayからの画像

 

リック・ルービン(Rick Rubin)はビースティ・ボーイズの『Licensed To Ill』、RUN-D.M.Cの『Raising Hell』、スレイヤーの『REIGN IN BLOOD』、レッド・ホット・チリペッパーズ『Blood Sugar Sex Magic』など誰もが知っている超ド級の名盤を数々手がけ、音楽・ロック史においてものすごい功績を残しています。最近だとスリップノット、リンキンパーク、メタリカなども手がけ、彼が携わっている作品はアーティスト・ジャンルなど多岐にわたっており、優れた作品を今もリリースし続けています。デフ・ジャムレコードの創始者でもあり、コロムビア・レコードの社長もしているようです。リック・ルービンなくしてHIP HOPの繁栄はなかったし、前述のバンドたちに今のような影響力はなかっただろうという意見は多いです。

が、一方、レコーディング方針や彼の仕事にフィットせず、途中で起用を断るアーティストや彼の最初のヒットアーティストとなったビースティ・ボーイズのアダム・ヤウクもどうやら気が合わなかったようです。詐欺同然の契約書にサインさせられ『Licensed To Ill』発表後、やる気も失速。働いた分のお金もこないし、疲労や反感もあったのでしょうね。

ロングアイランド出身、父親の金を使いまくっていたボンボンのリックは NYU学生時代、地元パンクバンドやアップタウンの浮ついたバンドなどをドッキングさせたイベントをプロデュースしたりとロックシーンのビジネスに精力的になっていました。

ビースティ・ボーイズに関わる前は、プリックス(The Pricks)やホーズ(Hose)というバンドでプレイしていたそうです。その後、RUN-D.M.C.のマネージャー ラッセル・シモンズと組んでデフ・ジャムとコロムビア・レコードの間に契約を取り付けることに成功。アーティスト志向のミュージシャンと、金儲け・ビジネス的成功を意識している彼とでは折り合いがつかにことも多かったのかもしれませんね。パンク・ハードコア界隈だと賛否はあったようですが、一方、ヒップホップサイドから見るとそうではなくリスペクトの方が多かったようです。

 

HIP HOPをヒットさせた当時21歳の彼は、長髪のユダヤ人で貪欲に幅広いジャンルの音楽を聴きこみ、若い白人たちの文化的反抗心を煽ることもできていました。初めはメタル・パンクファンの彼だったがWBAUのラップ番組やDJ.マジックの番組を見聞きするうちにラップの大ファンになったそう。ロングアイランドからNY大学に通うためマンハッタンに引っ越してきた彼は、ネグリルやロキシーで行われたクール・レディー・ブルーの《ホイールズ・オブ・スティールナイト》の常連となり、こうしてリックはHIP HOPへ傾倒していくこととなりました。

1 WBAUNYのガーデンシティーのアデルフィー大学にある学生が運営するラジオ局のコールサイン(看板名)

2 DJ.マジック:NYのラジオ局、WBLSでのHIP HOP番組《ラップアタック》をしていた時のパーソナリティ。

 

ハードコアシーンとHIP HOPシーン、両方に携わっていたからこそ彼の音楽性は幅広いのかもしれませんね。

まずは色々聴いてみよう!

彼の携わった作品を個人的に好きなものを3枚ずつ年代別に紹介しようと思います。

 

 

1980年代

『It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back』(1980年) パブリック・エナミー

2nd『Run-D.M.C』と並ぶ重要HOP HOPグループ。圧倒的破壊力。
辛辣なメッセージだが重くならずに聞きやすいと思います。

『Electric』(1987年) ザ・カルト

イギリスのバンド。ニューウェーブ時期に出てきた彼らはポジティブパンクやポストパンクなイメージもあったけど、このアルバムはロックです。かっこよし。

『Danzig』(1988年) ダンジグ

1stアルバム。ミスフィッツ、サムへインのボーカルのソロバンド。
全体的にダークです。

1990年代

『Danzig  Ⅱ: Lucifuge』(1990年) ダンジグ

2ndアルバム。バラード曲の"Blood And Tears"が好き。
ダンジグは1st、2ndのジャケットがかっこいいんですよね。

『Geto Boys』(1990年) ゲットー・ボーイズ

HIP HOP。黒いビースティって言われていたらしい。
なんとなくN.W.A.っぽい。1曲目かっこよし。

『GREATEST HITS』(1993年) トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ

《ON VIDEO MAGAZINE》というスケートボードDVDのオープニング曲で"Runnin’ Down a Dream"が使われていて、その影響でこの曲がとても好き。
燃える。

2000年代

『Renegades』(2000年) レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン

トム・モレロのギター、ザック・デ・ラ・ロッチャのラップかっこよすぎ。ロックバンド ローリング・ストーンズの『Street Fighting Man』のカバー、センス良いです!!

『Armed Love』(2004年) ザ・(インターナショナル)・ノイズ・コンスピラシィ

スウェーデンのハードコアバンド リフューズドのボーカルのバンド。
政治的でポリティカルな曲が多い。かっこよし。

『Good Apollo I’m Burning Star Ⅳ,Vol.2: No World for Tomorrow』(2004年) コヒード・アンド・カンブリア

アメリカNYのプログレロックバンド。メタルとかエモとかとも形容されるがとても聴きやすい。
あまり長尺じゃないのもよし。

 

今回はこんな感じです。

関連作はまだまだあるので是非買い漁ってみて下さい。

【ファッション&音楽編】RUN-D.M.C. × adidas

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Santa3によるPixabayからの画像


1970
年代以降、ストリートファッションはHIP HOPの台頭により大きく変化を遂げていきます。今では大衆化し、世界のたくさんの人に愛され、今も色濃くその影響下にあると感じさせられます。

たとえば、1970年代後半から80年代にはカンゴールの帽子、サングラス、豪華な装飾アイテム(イヤリング、指輪など),ソルト・アンド・ペパ、Mc Lyte、ロクサーヌ・シャンテなど女性ラッパーも身につけていたり、アウトドアブランドやアディダスのスニーカーなどみんなが好きなスタイルもこの時期RUN-D.M.C.やビースティボーイズを筆頭にアーティストが多数愛着し、定番づけていきます。

今回はアディダスとRUN-D.M.C.のお話です。

 

まずはアディダスから。

ルドルフ(兄)、アドルフ(弟)のダスラー兄弟が1920年ドイツにて靴の会社《ダスラー兄弟商会》という会社を設立。ルドルフが販促担当、アドルフが生産・製造を担当していました。その後、兄弟の意見の食い違いによりダスラー兄弟商会を解体し、弟アドルフはアディダス社を設立します。ブランド名の由来は「アドルフの愛称”アディ”とダスラーを合体させたもの」。ちなみに兄ルドルフはルーダ社を設立しています。この会社が翌年プーマになりました。

 

  • 1965年 スタンスミス
  • 1970年 オールレザー仕様のスーパースター

 

説明不要な名作を作り上げていくアディダス。僕もこの2足はいつも履いていましたね。ちなみにテニスシューズスタンスミスの原型がハイレットというモデルでこれがのちのスタンスミスになったんですよ。

 

しばらくして、アメリカではNBAが大人気!

ナイキが台頭してきており、NBAではそれまでアディダスが主流で普及していたんですが、スーパースター マイケル・ジョーダンのスポンサーにナイキがついたため、アディダスの人気に若干の陰りが見えてきます。しかしそこは世界的シューズブランド。当時、アディダスを愛着しストリートシーンで活躍していたRUN-D.M.C.をスポンサーにつけ、HIP HOPブームを追い風にし、ファッション方面でも力を強めていくことに。ナイキとアディダス、このフットウエア2大ブランドの思惑もすごく面白いですよね。

 

その後、アディダスは1998年に本格的なスケートラインを展開。マーク・ゴンザレスやデニス・ブセニッツなどスケボしている人なら絶対知っている有名どころのスポンサーに。シグネチャーシューズも出しています。

一方、ナイキも負けじとNIKE SBを展開。ポール・ロドリゲス、ステファン・ジェノスキー、エリック・コストンなど、こちらもものすごいメンツで固めています。この時期を経て世界にどんどん店舗も増え、ユーザーを増やしていきます。

ちょっと話がスケボよりになってしまったので少し戻して。

 

RUN-D.M.C.について

今度はRUN-D.M.C.について。

彼らはジャム・マスター・ジェイ(ジェイソン・ミゼル)、RUN(ジョゼフ・シモンズ)、DMC(ダリル・マクダニエルズ)の3人からなるHIP HOPグループ。1982年にRUN-D.M.C.として活動を開始し、翌年プロファイル・レコーズからシングルをリリース。さらに翌年、1stアルバム『RUN-D.M.C.』はゴールドディスクを受賞しました。そして、エアロスミスのスティーヴン・タイラー、ジョー・ペリーも参加した超絶有名”Walk This Way”がヒット。

この曲はいまだにテレビで流れているのを耳にすることも多いですよね。ファッションにおいても彼らの当時愛用していたアディダスルック、カンゴールのハットなどはPVやテレビを通して大衆受けし、おしゃれアイテムとして認知されました。何よりもHIP HOPをミックスしたソリッドで早いサウンドはすごくかっこいいです。今聴いても色あせないと思います。

 

個人的なオススメどころは次の3枚です。

普段HIP HOPを聴かない方もぜひ聴いてみてください。

『RUN-D.M.C.』(1984年)

『RAISING HELL』(1986年)

『TOUGHER THAN LEATHER』(1988年) 

【ファッション&音楽編】Kim Gordon × X-girl

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Fernando GonzálezによるPixabayからの画像

 

近年90年代ファッションが再び台頭し、レディースストリートブランド《X-Girl》を着ている女の子を多く見かけます。雑誌の付録やいろんなブランドとコラボしたり。

今日はレディースブランド《X-girl》とキム・ゴードン(Kim Gordon)を簡単に紐解いていこうと思います。

 

 

キム・ゴードンとは

”ソニック・ユース(SONIC YOUTH)

まずこのバンド名を知っている方、多分10代、20代にはあまりいないのかも。音楽、ロック好きの方は名前くらいは聞いたことがあると思うけど、実際に音楽を聴いたことのある人は少なくなっているんじゃないかと。

キム・ゴードンはこのバンドの女性ベーシスト。ジャンルはロック。ハードコアのレーベル《SST》からもアルバムをリリース。SSTブラック・フラッグバッド・ブレインズ、ダイナソーJr.、サウンドガーデンなどもアルバムリリースしていて、とても良質なインディーレーベルです。ソニック・ユースは作品数も多く、難解なものも多いかもしれないですが、次に紹介する作品はわりと聴きやすいと思います。

 

『Bad Moon Rising』(1985年)

『DayDream Nation』(1988年)

『GOO』(1990年)

 

Goo』のジャケットは見たことある人もいるはず。かっこいいですよね。1曲目はオルタナティヴ、ノイズ、エクスペリメンタル、ノー・ウェイヴと基本はロックなのですが、さまざまな形式のジャンルを取り入れています。よかったら聴いてみてくださいね。ちなみに秋田県のはまなす画廊という防波堤に『Goo』のジャケットデザインを描いた壁面があるのですが、かなりかっこいいですよ。

X-girlのはじまり

1993年、キムはプッシー・ガロアというバンドのジュリア・カフリッツ(G)の妹デイジー・ヴァン・ヴァースと《X-girl》立ち上げを考えます。ジュリアはフリー・キトゥンというバンドをキムと一緒にやったりします。プッシー・ガロアは元ソニック・ユースのボブ・バート(Dr)も加入しており、バンド同士のつながりも強かったようです。アート色の濃い良いバンドも多く、優れた才能を感じます。

当時のNYは特にダウンタウンの流行はグランジにインスパイアされた、オーバーサイズでラフなスケートウェアが主流となっていました。そんな中、キムとデイジーはもっと体にフィットし、クリーンでカジュアルなルック・ウエアをずっと模索していました。デザインのイメージは「メインストリートのならず者」の頃のブライアン・ジョーンズとアニタ・パレンバーグ。ゴダールの映画『気狂いピエロ』のアンナ・カリーナにインスパイアされた服。

その後、ビースティ・ボーイズのマイクDを介し、アパレルにたずさわっていきます。ボーイズラインのみの《XLARGE》の運営者と仲良くなり、店舗スタッフとして働いていたデイジーにレディースラインをやってみないかと提案。デイジーがキムを誘う形で発展。キムは以前から考えていたフィットする服、そのスタイルをこれからのブランドのデザインへ落とし込み、翌年、1994年に《X-girl》はスタートしました。 

X-girl、本格的な進出

《X-girl》のファーストコレクションは映画監督やスケートフィルマーとしても有名なスパイク・ジョーンズと当時はガールフレンドだったがのちに妻となるソフィア・コッポラの発案で、路上で《X-girl》のファッションショーをゲリラ開催する企画を提案。ふたりがモデルと場所を見つけ企画全体をプロデュース。

クロエ・セヴィニーが働いていたレイヴのセレクトショップ店「リキッドスカイ」といった店から当時のストリートウェアは進化を見せていました。ライオット・ガールバンド、ビキニ・キルのキャスリーン・ハナのMTVビデオの出演も追い風になり、ブランドは更に認知度を高め、それまでにないクリーンでカジュアル、そしてフィットを追求した新しいレディースストリートウェアとして認知されることに。高いデザイン性とクオリティ、ストリートカルチャーに根ざしたスタンスは現在も支持されています。1998年に日本企業のBs INTERNATIONALに売却され、この日本でもオシャレのアイコンとして多くの好感を得ています。 

さいごに

《X-girl》Teeシャツやアウター、アイテムを購入したあと、その足でレコード・CD屋さんへGO!!ソニック・ユースにビースティまたはスパイク・ジョーンズの作品をDVDなどで見て感性に触れるもの楽しいと思いませんか??スパイク・ジョーンズはスケートボードのフィルマーとしても有名なので、スケーターやアートに興味のある方、ぜひ見てください!『マルコヴィッチの穴』と『かいじゅうたちのいるところ』・・他にもいい映画作っていますし、1990〜2000年代前半のスケートVHS、DVDには前述のバンドたちの曲が結構使われてたりします。これらの作品から当時の本物のストリートファッションや音楽を簡単に体感でき、とてもわかりやすいかなと思います。

 

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pieonaneによるPixabayからの画像

 

【ファッション&音楽編】Beastie Boysと90年代ストリートファッション

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現在、90年代ストリートカルチャーが見直され、ファッションやアート、ミュージックなどもリバイバルの流れにあることはご存知でしょうか。

若者や最近のクリエイターたちが思想やデザインを取り入れ、その感性はとても身近になっています。

このブームのルーツやオリジナルはなんだろうと考えたとき、個人的にはビースティ・ボーイズ(Beastie Boys)の与えたきっかけや影響力が大きいのではとないかと思い、今回は彼らの作品とファッションについて考察していきます。

 

 

 

Beastie Boysのはじまり

HIP HOPのイメージしかない人も多いかもしれないけれど、1980年初期、彼らはハードコアバンドとしてNYでデビューします。Beastie Boysという名前はバッド・ブレインズ(Bad Brains)というバンドにあやかってつけたそう。

結成時はハードコアのムーブメントがまだNYにはあまり届いておらず、商業的には全くの失敗。でもこの時期の音源『Some Old Bullsit』も荒削りでかっこいいので聴いてみてください。

ちなみにこの時期からリック・ルービン(Rick Rubin)は彼らと親交があったようです。今のスタイルになるのはもう少し後になってから。

 

『Licensed To Ill』(1986年)

レッド・ツェペリンやAC/DCをサンプリング。リック・ルービンをプロデューサーとしてDEFJAMからリリースしたデビュー盤。ファーストアルバムにも関わらずサプライズメガヒットととなり、ストリートで大流行しました。

余談となりますが、リック・ルービンはRun-D.M.C.も手がけていますよね。RUN-D.M.C.はアディダスファッション、エアロ・スミスとのタイアップ曲も有名です。

 

『Paul’s Boutique』(1989年)

プロデューサーチーム ダスト・ブラザーズらとともにサンプリングを追求したセカンドアルバムを発売。10曲目”Looking Down The Barrel Of A Gun”のみギターベースを使用しているよう。前作品ほどのセールスはなかったもののHIP HOPシーン・ロック史においては重要作となっています。サンプリング音楽の頂点だと思います。

その後、Beastie Boysは彼ら自身のレーベル グランド・ロイヤル(GRAND ROYAL)を設立。モイストボーイズ、ルシャス・ジャクソン、ショーン・レノン、アット・ザ・ドライヴイン、日本のバッファロー・ドーターなどの作品をリリース。雑誌《GRAND ROYAL MAGAZINE》も発行。

なぜ彼らのファッションは注目されるのか

Beastie Boysが活動を始めて数年後、1991年にLAのヴァーモント・アベニューでアパレルブランド《XLARGE》が1号店をオープン。プロモーションやMVなどにふんだんに彼らのファッションが取り入れられ、アート界にも進出。この時期のX-LARGEはストリートブランドとしてのプライオリティがすごく高く、若者たちのファッションアイコンとなっていきます。あっという間に全米に広がり、NY、東京、シアトル、トロントと店舗数も拡大し、この日本でもブランドとしての存在感を確立しました。今では身近なファッションとして認知されています。

XLARGEのブランドロゴはみなさんもご存知のベンデイビス(BEN DAVIS)というワークブランドのゴリラを元にしたデザイン。店舗の品揃えはカーハートやベンデイビスなどのワークブランド、オールドのアディダス、プーマ、 ナイキのようなスポーツブランド。これは当時としてはあまりなく、画期的なことでした。今のセレクトショップのモデルケースとして捉えてもいいでしょう。90年代はこのお店から発信されるファッションとカルチャーが世界のストリートシーンをリードしていきました。

 設立メンバーはイライ・ボナーツとアダム・シルバーマンというふたりの若者。当時のLAはヒップホップ、グラフィックアート発祥とされるNYとはまた違う形態で発展。スケートボードや音楽、カルチャーがミックスし、新しいカルチャーができつつあった時代でした。イライとアダム、このふたりにBeastie BoysのマイクDが加わりX-LARGEは更に発信力を強めていきました。

Check Your Head1992)の歌詞カードやIll Communication1994)のジャケットの裏などを見ると当時のかっこいい、リアルなストリートファッションを見ることができます。

スケーターたちはカーハートやベンデイビスなどのタフなワークウエアに古着やスニーカーをルーズサイズに。アーティストたちもこぞってストリートブランドを着るようになりました。「普段着ではなくファッションとして実用なウエアを表現する」というX-LARGEのブランドコンセプトは瞬く間に広がりミュージック、アート、スケートカルチャーに多大な影響を与えました。Beastie BoysメンバーによるPV、ライブ、ローカルスケーターたちのスケートVHSDJたちの着用など、オシャレストリートアイコンとなっていきました。

 

ちなみにブランド名の由来は、アメリカでの世代別の呼び名"ジェネレーションX"と大きく生きると言う意味の"Live Large(リヴラージ)"という言葉の掛け合わせ。

ジェネレーションXとは1960〜1970年半ばに生まれた世代のことで「ジェネレーション」=世代、「X」=当時の大人たちにとって理解不能な若者たちの総称として「X」を用いたようです。

イメージとしてはあの有名ドラマ「ドクターX」と同じような意味なのかなと。今でいう「ゆとり世代」や「さとり世代」のアメリカ版とでも想像してもらえたら近い気がします。戦争で厳格に育った世代から見たら自分たちの息子を含め若者たちは自由奔放でそれまでにない考えや行動が新しく見え、それが皮肉に映ったのでしょう。あんまりいい言葉じゃないかもしれないですね・・その後、ジェネレーションX→ジェネレーションZと続いていきます。
 

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さいごに

現在、どこのお店でもX-LARGE、ディッキーズ、ベンデイビス、カーハート、アディダスにナイキなどは簡単に購入できます。また、上記のブランドたちは一様に流行に流させ得ないクオリティの高さ、普遍性があり、ストリートという特殊な垣根を越え、現在、一般層までユーザーを増やしています。ファッション、ストリートカルチャーに関心のない人も巻き込み、誰もが当たり前のように着ている。

 すごいことですよね。

「当たり前に身につけている」

「なんとなくかっこいいから着ようかな」とか・・

でもその背景にある音楽やルーツを知るともっと楽しくなると思うんですよね。

 何事においてもそうだけど事象には必ず理由やルールがあり、それを知るのはとても豊かなことで楽しいし、視点を変えることもできます。

 

では最後にアルバムを2枚を紹介してBeastie Boysの記事を終了したいと思います。

『Check Your Head』(1992)

全米10位にランクインした大ヒット作。

ロック、ジャズ、ファンク、レゲエの要素もあり。

他のアルバムと比べると少し雑多感もあるような気もしますが内容は充実!!

曲はチープ・トリックのサンプリング。

他にもテッド・ニュージェント、ジミヘン、バッド・ブレインズ、ビッグ・ダディ・ケイン、そしてボブ・ディランまで 取り上げられており”POW”、”Groove Holmes”、”In 3s”などのインスト曲も織り混ぜた内容。

『Ill Communication』(1994)

バンドサウンドをベースにしてはいるが、当時のNYHIP HOPスタイルに対応できるサウンドとなっています。

①の元ネタ、ジェレミー・スタイグの”SURE SHOT”、⑤の元ネタ、ジミー・スミスの”Root Down”もいいです。 全体的にアトロックのハイトーンボイスが効いていて何かロックっぽさが強い。キュー・ティップ(Q-TIP ア・トライブ・コールド・クエストもゲストで参加。

⑦やマニー・マーク(マークニシタ、第4のビースティボーイズ)のキーボードも最高。

⑥のキラーチューン”sabotage”も聞きどころ。

PVはスパイク・ジョーンズと盛りだくさん。

その後の作品Hallo NastyTo The 5 Boroughsなども良い作品なので機会があれば効いてみてください。

 

この音楽とこの時代の服をぜひ着てみてください!