shigashiga’s diary

ファッションと音楽のつながりをCDレビューを通して紹介・考察するブログです。

STRONG CURRENT(ストロングカレント)|ブランド紹介【サーフ】

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ストロングカレント、かっこいいネーミングですよね。
「水流」とかそういう意味だったはず。
どちらかというとマイナーなブランドではないかと思います。
結構前にムラサキスポーツでこの商品が少しだけ展開されていて、そのときシャツを購入した記憶が…。
インポートらしくとてもいい色でこのブランド全体が明るめなアイテムが多い感じがします。

ハワイ発祥のブランド ストロングカレント

ストロングカレントが生まれた場所はハレイワという小さいまちでハワイ ノースショアの入り口にあります。
60年代テイストなクラシカルなサーフィンのイメージを大切に守っているお店がストロングカレントでした。
ハワイ ノースショアといえばサーフィンの有名スポットとしても知られていて、ローカルサーファーのコミュニケーションスポットとしても機能していたとのこと。
店舗オリジナルウェアや雑貨なども販売しているそうですよ。
ちなみに1993年スタート。

現在はすでに閉店

2015年までハレイワにあって、今はもう閉店してしまっているんですよね。
ぼくも雑誌でしか店内はみたことがないのですが、とてもおしゃれ。
店内は服だけじゃなく、サーフボード、スケートボード、ギアなどがみっちりと置かれ、壁にはBIG Wednesdayやサーフブランドもポスターも貼られていて、ハワイらしい明るい雰囲気が写真からでも伝わってきました。
オーナーのジョニーさんという方もとても明るく、みんなから慕われていたようです。

閉店の詳しい様子は楽園ハワイと私 : ジョニーからの伝言(ストロングカレント閉店)というブログで書かれています。 tigger.blog.jp

お店がなくなったのはもったいないですよね。
最近はあまり見かけなくなった感がありますが、いいサーフブランドだと思うのでよかったらチェックしてみてくださいね。

Ocean Pacific(オーシャンパシフィック)|ブランド紹介【サーフ】

オーシャンパシフィック公式サイト|Ocean Pacific(OP)Japan www.op-japan.com

Ocean Pacific(オーシャンパシフィック)はダサい??

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ヤンキーからおしゃれ着、リアルサーファー、そしてファッションに興味のない人まで、それぞれのニーズで着こなしを楽しめるアメリカのサーフブランドOcean Pacific(略してOP)。
世界的に普及率が高く、現行のアイテムは簡単に手に入れることができるのでレアリティには少し欠けるかもしれないですが、歴史は結構深く、ヴィンテージも存在し、古着もなかなかのかっこよさ。
ぼくのイメージだと、オープンカラーののポロシャツとサマーコーデュロイと呼ばれるまでに履き潰された状態のOPのコーデュロイパンツが思い浮かびます。

ブランドの発祥

ブランドの始まりは1960年代。
ジョン・スミスがオーシャンパシフィックを立ち上げます。
その後、1970年以降によりサーファーのニーズに応えられるアパレルブランドとして、ジム・ジェンクスが再興したのがはじまりといわれています。
60〜70年代はアメリカ西海岸をはじめ、世界を巻き込んだサーフカルチャームーブメントの真っ只中。
オーシャンパシフィックはブランドならではの日常からレイドバッグした空気感を醸し出す新しい商品をどんどん開発し、ムーブメント、サーフストリートカルチャーのアイコン的なブランドに成長していきます。
代表的なサーフポロやコーデュロイパンツをはじめ、ボードショーツやバギーパンツ、ビキニなどビーチで使用するものからデイリーユースにも使えるアイテムまで幅広く手がけます。
今ではアウトレットモールでも見かけたりとても身近なメーカーですよね。

ロゴの変遷

年代によってタグを見るものおもしろくて、70年代は「OP」の"O"の中にサーファーのシルエットが入っている「波乗りタグ」。
このときは、®️(レジスターマーク)も入っていないんです。
アンダーウェアには"O"の中に雪の結晶のデザインが描かれている「雪タグ」というのもありますよ。
80年代になると®️(レジスターマーク)が入ります。
キレイな青タグに白文字で大きく「OP」というロゴが入ります。
ぼくは青タグ白字の80年代ロゴが好き。
90年代はブランドのネームの略称「OP」の文字のみ。タグ全体のカラーはシルバー。
古着屋さんやリユースショップでもしつこく探すと他のヴィンテージブランドより比較的見つけやすいのではないかと思います。

このブランドはサーフショップや古着屋さんでみた方が購買意欲がわきますよ。
ちなみにブッシュのコーデュロイショーツとポロシャツはすごく好きだし、おすすめです!

BILLABONG(ビラボン)|ブランド紹介【サーフ】

BILLABONG(ビラボン)の発祥

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「サーファーによるサーファーのための」と言うコンセプトのもと、1973年オーストラリアのゴールドコーストでブランドをスタートします。
創立者はゴードン・マーチャント。
今でこそ無数にあるけど、当時はサーフィンがムーブメントになりかけていた時代で「サーファーによるサーファーのための」という理念の同業者はありませんでした。

ブランドの第1号はゴードンと奥さんお手製のボードショーツ。
夫婦ともにサーファーの彼らが作ったショーツはダブルステッチを施したタフでファッション性の高いもので、サーファーの間で評判になり1980年代には地元での成功を収めました。
その後、アメリカや日本、ヨーロッパに輸出を開始します。
2000年以降はオーストラリア株式市場で上場。
名実、本当のメジャーサーフブランドになっていきます。
今は日本国内においてもトップクラスの人気と実力を誇っていると思います。
ちなみにぼくはウェットスーツとUSA製のリバーシブルのジャケットを持っています。

ビラボン公式オンラインストア【BILLABONG直営通販】 www.billabongstore.jp

巷のブランドイメージ

ビラボンの特徴としては、まずその普及率。
土日休みの家族も着ているのもよく見るし、手軽に買えるのでファッション初心者みたいな方も一見してわかるような着こなしをしているのもよく見かけます。
これがメリットがデメリットか??
アンチな声を聞くこともあります。
でも普及=ダメではないですよね。

BILLABONG(ビラボン)って本当はこんなブランド!

まずはサーフブランドだということ。
ウェットスーツは店頭でオーダーできるし、ギアもたくさん製造していて、そのクオリティは神がかっていいいものばかり。
アンチな人たちは本来のこのスタイルを見たことないのではないでしょうか…!
そしてスポンサードされているライダーたちもそうそうたる面々。

BILLABONG(ビラボン)のレジェンドライダー

サーファーの質もスタイルもすごい!!
他にもスケート、スノーボードも積極的にサポートしています。

アンディ・アイアンズのかっこいい動画

youtu.be

現在のBILLABONG(ビラボン)

ビラボン以外にもたくさんのブランドを展開するメガカンパニーです!

  • ELEMENT(エレメント)
  • RVCA(ルーカ)
  • XCEL(エクセル)
  • KUSTOM(カスタム)
  • DAKINE(ダカイン)
  • TIGERLILY(タイガーリリー)
  • VONZIPPER(ボンジッパー)
  • HONOLUA SURFE COMPANY(ホノルア・サーフ・カンパニー)
  • PALMERS SURF(パーマーズサーフ)
  • SECTOR9(セクターナイン)

さいごに

ビラボンの成功はひとつのカルチャー(サーフィン)の浸透とイコールだと思いませんか?
みんなが着ているからとか、漠然とした理由で煙たがっている人はもったいないですよ。
ルーツを知ると歴史と実績のブランドだということ。
サーファー発の世界的ファッションブランドがビラボンなので!
ちなみに「BILLABONG(ビラボン)」というちょっと聞き慣れないブランド名の由来はアボリジニの言葉ウィラージュリー語で「雨のときにだけ流れる小さな川」を意味しています。

クオリティーが高く、肌触りのいいものが多いのでお出かけ用、家着用どちらでもいいので試してみてくださいね。

では!!

HANG TEN(ハンテン)|ブランド紹介【サーフ】

有名なアパレルブランドなので説明不要かもしれないですが、今回はアメリカの老舗メーカー「HANG TEN(ハンテン)」を紹介します。

 

www.sync-surf.com

 

ハンテンのイメージってみなさんどんな感じなんでしょうか。

量販店やジーンズショップに並んでいるものみたことがあったり、お父さんが休日にポロシャツ着てるとか?

イメージ的には間違ってないんですよね。

ただ、普及率が高くて気軽に手に入れることができるので、量販店に売っていたり、お父さんが着ることもできているんです。

 

 

ブランド名はサーフトリックが由来

「HANG TEN(ハンテン)」というブランド名の由来はサーフィン(ロングボード)のトリックの名「Hanging Ten Over Nose Board」から。

ボードの先端に乗り、両手を広げたり、バランスをとってライディングするメロウかつおしゃれなクラシック技です。

ブランドのアイコンとなっている足のマークはこのトリックを発動するとき、ロングボードの先端に足指10本を揃えて波に乗るテクニックのため、そのイメージがそのままブランドロゴに。

この技はサーフィンの中でもかなりの難易度なんですよ!

 

 

HANG TEN(ハンテン)の発祥

HANG TENのスタートは1960年にデューク・ボンドがサーフトランクスを作ったのが始まり。

ショーツがヒットし、ポロシャツやコーデュロイを使ったもの、先染のプリントTなどもドロップしていきます。カリフォルニアのサーフカルチャーと相まって、アメリカを代表するカジュアルブランドへと成長していきます。

日本でも1971年以降から展開が始まりました。

 

HANG TEN(ハンテン)のロゴについて

ぼくは古着でUSA製のカットソーやポロシャツを結構持っているんですが、年代によってボディの風合いやタグのデザインも違うので集めたり、いい色合いのものや自分のサイズがあったりするもの楽しいんですよね。

ちなみに足裏マークが平行じゃなく、HANG TENロゴが右下にある70年代のタグが個人的には好きです。

8090年代の丸みを帯びた少しポップなロゴもいいです!!

 

ロゴについてはこちらのブログでわかりやすく説明してくれていましたのでリンクを貼っておきます。

vintagematome.com

現行で販売されているものもいいですが、古着屋さんやリユースショップなどでバックナンバーを探すもの楽しいのではないかと思います。

当時の雰囲気も伝わってくるし、経年によりヴィンテージ感も増し、いいもの着ている感とわかっている感も出るのでは!!

 

最後に、最近のモデルで着心地良さそうな1着があったのでご紹介です。

HANG TENらしいボーダーがいいですね!

 

みなさんもHANG TEN、チェックしてみてくださいね。

Lightning Bolt(ライトニングボルト)|ブランド紹介【サーフ】

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Lightning Bolt(ライトニングボルト)とは 

1960年、ハワイにてスタートした老舗サーフブランドです。ぼくの好きなジェリー・ロペスとそのサーフィン仲間たちが、あの有名なイナズマのロゴマークをつけたサーフボードを使い始めたのがきっかけでブランド化し、製造・販売が始まりました。

ブランドの知名度が上がった理由のひとつに1971年のジェリー・ロペスの世界大会でのデビューがあります。

とにかく鮮烈で、瞬く間に彼の知名度とともにイナズマロゴのLightning Boltも大人気に。サーファーたちの間でどんどん広がっていきました。 

shigashiga.stores.jp

更に1978年に出演したハリウッド映画『BIG WEDNESDAY(ビッグウェンズデー)』の大ヒットも手伝い、サーフブランドといえばLightning Boltと言うくらいの地位を確立します。

 

Lightning BoltのおすすめTシャツ

今回、なぜLightning Boltの紹介かというと、いつも行く服屋さんのセレクトでこのブランドのショーツ数点販売されていて、古着メインでしか持っていなかったんですが、やはりかっこよさには勝てず、あと懐かしいのも相まって購入したので、振り返りを含めて今回の記事を起こしました。

なんかおじいとか履いているイメージも少しありますよね。

でも現行品もヴィンテージもどちらもかっこよしです。

ぜひチェックしてみてください。

 

▼生地やデザインが豊富に選べるのも楽しいですね

 

▼めずらしいコラボ品

▼貴重なデッドストック

 

▼普段着にも海にも使える、履き心地抜群のショートパンツ

サーフィンの歴史が学べる映画『BIG WEDNESDAY』も最高

ちなみに創立者のジェリー・ロペスは1972年と1973年のパイプラインマスターズチャンピオンです。

現在のサーフィンムーブメントの礎を気づいた人でもあります。

YouTubeでも彼のライドが観れるのでこちらもチェックしてみてください。

映画『BIG WEDNESDAY(ビッグウェンズデー)』もすごくいいですよ。

ジェリー・ロペス本人の出演もあるのですが、それ以外にもロングボードからショートボードにトレンドが移り変わる様子や当時のファッションなどもまとめて勉強できるような内容。

今年の夏はライトニングのアイテムを集めてみようかな・・

ニルヴァーナ|メンバー紹介

カート・コバーン(Vo.&G.)

ニルヴァーナのボーカルギタリスト。出身地はアメリカ ワシントン州 アバディーン。1967年生まれ、1994年わずか27歳で他界してしまいます。ニルヴァーナの前は1985年にフィーカル・マターというバンドを結成しています。メルヴィンズのデイル・クローヴァーがベース。カートはボーカルギター。ドラムはグレッグ・ホカンソンという面々。このバンドは1986年に解散しています。この時期彼はまだハイスクール在学中で周囲の人間は当時ブームだったヘヴィメタルに傾倒していてカートはそれがかなり気に入らなかったらしく周囲との折り合いも悪くなりハイスクールを中退していますがその高校で用務員として働き始めることに。ちょうどその頃からニルヴァーナのベーシストとなるクリス・ノボセリックと出会い行動を共にしていきます。クリスとは音楽の趣味や周囲へのフラストレーションで意気投合し、その一年後にバンド結成をします。ちなみにクリスもカートと同じくパンク大好きでした。

1989年『Breach』、そして1991年に『Nevermind』を発表。この年のシングル「Smells Like Teen Spirit」とアルバム『Nevermind』は当時のロックシーンとバンド自身にも大きな影響をもたらし、シングルとアルバムは世界中で大ヒット。しかし、カートはこの成功に葛藤していたとされていて、元来アンダーグラウンドな音楽やシーンをルーツとしている彼は、商業的成功は自分の信念を曲げてしまったとネガティブな感情に際悩まされてしまいます。メディアの伝える彼のイメージと本来の自分、自分たちの姿にギャップを感じてしまいます。そしてある程度のメジャー志向を盛り込んだレコーディングもしてしまったことに対しての憤りを感じていました。そのせいもあり次作『In Utero』はアングラへ回帰する意味も含めてスティーヴ・アルビニをを迎え、ディープな作風の作品を作りあげますが賛否両論の作品となります。その後も自身のイメージや思ったような曲が作れないイライラ感と少年の頃から抱えている鬱病と20歳頃から悩まされている持病の胃痛のための鎮痛剤を使用したことに端を発する薬物依存に苦しみ、ローマで自殺未遂をし、1994年シアトルにて薬物服用とショットガンで頭部を撃ち抜いて自殺してしまいます。バンドとしてはメジャーデビューからわずか4年、カートは27年の生涯でした。彼の遺書にはニール・ヤングの「Hey Hey, My My」歌詞の一節、”Its better to burn out than to fade away(だんだん消えていくよりいま燃え尽きるほうがいい)”が引用され、ものすごい筆圧で書き記されていたそうです。しかし、もし彼が生きていてバンドも続いていたのならもっともっと良い作品を世に放っていたと思うし、27歳という嫌なジンクスも認める必要もないと思います。ものすごい才能ですよね。何かを成す人はとても純粋で優しい人だと思うので彼もきっとそんなんだと思います。まあ・・何があったとしてもカートはオシャレでいい男ですよね。

クリス・ノボセリック(B.)

バンドのベーシスト。ニルヴァーナ解体後はSweet 75(スウィートセヴンティーファイヴ)、Eyes Adrift(アイズ・アドリフト)、Flipper(フリッパー)というバンドなどでも活躍します。カートも波乱の人生でしたが、クリスの生い立ちや活動も注目すべき。

彼は1965年にアメリカ コンプトンで生まれます。その1年後すぐにサンペドロへ移住します。そしてまたま引越し。家族の都合だったそうですが、土地に馴染めなかったクリスは1980年の1年間だけ親戚の住むクロアチアで生活します。アメリカに戻って高校を卒業した時期に弟の友人だったカート・コバーンに出会います。この頃クリスはパンクロックに傾倒していてラモーンズやセックス・ピストルズなどを聴いていて、そのことにシンパシーを感じたカートはクリスをバンドに誘ったとのこと。一度は断ったんだけどカートからもらったデモテープを聴いたとき、音楽的才能に気づき、感銘を受けバンド結成することに。これがニルヴァーナのスタート。ここまで、19651986年がニルヴァーナ結成前夜といったところ。

意外なことにバンド結成当初はカートがドラム、クリスがギター・ボーカルを担当していました。少ししてからニュードラマーにアーロン・バークハードが入ったのでカートがギター・ボーカル、クリスがベースというみんなが知る形に落ち着きました。ドラマーのアーロンが脱退し、チャド・チャニングに交代。このメンバーでSub Popより『Bleach』でデビューします(1989年)。その後チャドも脱退し、新ドラマーのデイヴ・グロールがここで加入。1991年の『Nevermind』以降、ドラマーは彼に落ち着きます。アルバムが世界的ヒットし、バンドも絶頂期に差し掛かっていた頃、1994年にカートが自殺。クリスもかなり精神的ショックを受け、バンドは解体してしまいます。

この時期(19871994年)がバンドの繁栄期であり、終焉。たった数年で解散してしまったニルヴァーナですが、前述にあるバンドの結成やバンドに参加するなど日本ではあまりフォーカスされていない部分かもしれないけどとても活動的。たとえばフリッパーというバンドは80年代のハードコアバンドでほとんどの曲調がスローテンポ。キレているバンドなんだけど、メルヴィンズに影響を与えていたりして、後続に与えたスタイルも評価されています。そんなバンドに参加したり、元ミート・パペッツのカート(元サブライム)とともにアイズ・アドリフトというバンドをやったりとかっこいい音楽をたくさんつくっているんですよね。

小さな頃から一緒だったカートがなくなり、バンドも失い、喪失感もひどかったと思うけど、やっぱり彼もアーティストでしかも音楽的才能のすごい人だったんだなと感じます。フーファイターズではデイヴ、ニルヴァーナではカート・コバーンが伝説化してクリスは少し引きぎみにしかフォーカスされていないような気もしますが、やっぱりオリジナルメンバー。リスペクトとともに押さえておきたいところろ。ちなみにアルバムや写真からはあまり伝わらないかもしれませんが、クリスは身長が193cmもあるそうです。ちょっと前にはフーファイターズの『Wasting Light』(2010年)のレコーディングに参加したり、ライブでプレイしたりもしていますよ。

デイヴ・グロール(Dr.)

1969年生まれ、言わずもがなニルヴァーナのドラマー。もはやカートど同等の才能あるミュージシャンですよね。今はフーファイターズで活動しています。バンド解散後はキリング・ジョーク、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ、ゼム・クルックド・ヴァルチャーズなどにも参加、他にもたくさんのバンドで叩いているので紹介しきれないです!!彼はすごく多才で担当楽器はドラムス、ギター、ベース、ピアノ、パーカッション、ボーカル・・どれをとってもセンスよし!!でも目立ったところではやはりフーファイターズではないでしょうか。ドラムからギターにチェンジ、自らボーカリストとなったのがこのバンド。アルバムはすべてかっこよくて駄作はなしです。

クリス同様、ニルヴァーナでのカートの存在感は大きかったんですが、デイヴ・グロール、彼もまた天才。彼は12歳の時にギターを始めます。デイヴの従姉妹がパンクロックのファンでその影響から彼もパンク好きに。その後、友人とバンドをつくったり、ライブをするようになります。最初はギターでしたがしばらくしてからドラムへ転向。この時から両方できていたんですね・・。そしてバージニア州の高校へ入学。この時期の彼は大麻にどハマりしており、毎日キマっていたとのこと。過度の大麻吸引をしていたため母親に同じバージニア州のビショップ・アイルトン高校へ転校させられます。高校時代はFreak Babyというバンドで活動。このバンドのドラムが脱退し、デイヴは再びドラマーへ。バンド名も改名され、ミッション・インポッシブルという名へ。ここまでがデイヴの初期の活動となります(19691985年)。

17歳で高校を中退したデイヴはちょうどドラマーが辞めたばかりのスクリームというバンドへドラムとして加入します。『Fumble』というアルバムに入っている「Good Luck Down」という曲で作詞とボーカルを担当したりもしています。このバンド在籍中にメルヴィンズと親交を深めたようです。1990年スクリーム解散後にメルヴィンズのバズを通し、ニルヴァーナがドラマーを探していることを知ります。そしてニルヴァーナのオーディションを受け合格。

当然彼のドラミングは絶賛され、即バンドへ加入。加入後初のアルバムは『Nevermind』。世界的ヒット作品をドロップします。ドラミングも相当ですが、コーラスワークも評価されています。次作『In Utero』ではシングルカットされたハート・シェイプ・ボックスのカップリング曲「マリーゴールド」の作詞作曲、ボーカルをつとめていて、ニルヴァーナの中で唯一カート以外のメンバーの作品になっています。彼の性格というと、気難しかったカートと真逆、茶目っ気もありフレンドリーな性格。人がつく性質みたいですね。クリス、カートもそうでしたがやっぱり若いときからどこかぶっ飛んでいて、フーファイターズやニルヴァーナみたいな音を作る人たちの持っているものってやはりすごいと思いました。ちなみにニルヴァーナもいいですが、フーファイターズもとてもかっこいいので聴いてみてください。前身となったスクリームもなかなか売っていないですが、こちらもワシントンのハードコアレーベル、ディスコードからCDが出ているのでチェックしてみてくださいね。フーファイターズは1stFoo Fighters』、2ndColour & The Shape』が特にオススメ。「Good Grief」「Everlong」という曲もすごくいいです。

スクリームは『Fumble』というアルバム。「Gods Look Down」がオススメ。

最後に

2000年代に入るとインターネットの普及も進み、音楽史シーンもガラッと様変わりします。音楽だけでなくファッションやカルチャーも同様どんどん新しいものへ。1990年代は感覚的でいうと技術的にはアナログだけど精神性が爆発していた年代だと思います。70~80年代以前も含め、オリジナリネイターが基盤をつくりそれらをどんどんアップデートし90年代でファッションも音楽もブレイクしたのかと考えています。

洗練されさらにいいものになっていますが、最近のリバイバルブームを考えるとやはりひとつ前の世代のスタイルもすごかったんだなと勉強になります。今も昔も関係なく、オマージュと探究心を忘れないで服や音楽をディグって行こうと思います。ではまた次回で!!

Nirvana ディスコグラフィー

ロック好きな人にはもはや説明不要かも。それでも作品紹介しようと思います!!リリース枚数は決して多くないのですが、どれも名盤ばかり。

 

『Bleach』1989年)

リリース元はSub Pop。メルヴィンズのデイル・クローヴァーが3曲だけドラムで参加しています。ショッキングブルーのカバー「Love Buzz」はダウナーな曲構成の中でもちょっとだけPOPでかっこいいアレンジ。ドラマーが流動的だったのでまとまり感にかけますが、初期の荒々しさがものすごく出ていて聞きごたえ十分!!このアルバムだと③About A Girl、⑤Love Buzz、⑦Negative Creepが好きですね。

『Nevermind』1991年)

メジャー契約第一弾のセカンドアルバム。Butch Vig(ブッチ・ヴィグ)プロデュース、アンディ・ウォレスがエンジニアという布陣。このアルバムからデイヴ・グロールが加入し、リズム隊もパワーアップしています。のちにフーファイターズを結成するデイヴ・グロールも有名ですよね。彼はニルヴァーナ前はスクリームというハードコアバンドをやっているんですが、こちらもかっこいいのでチェックしてみてください。ディスコード・レコードからアルバムもリリースされていますよ!!

リリース後、カートがこのアルバムを評していて、「ブラック・フラッグとブラック・サバスに(性的な)いたずらをされたナックとベイ・シティローラーズみたい」と言っています。ちょっとわかりづらい表現だけど、やはりそれまでの作品やこの時期の他のバンドと違いかなり突き抜けていると思います。ロック史を語る上で必ず挙げられるアルバム。個人的に好きな曲は②In Bloom、⑤Lithbium、⑦Territorial pissing

『In Utero』1993年)

3rdアルバム。ラストアルバムになります。スティーヴ・アルビニを迎え、前作『Nevermind』よりも殺伐としていてヒリヒリ感がものすごく出ています。シェラックに似ている音像かもしれないですね。共感を誘う愛想のいいバンドと違ってかなりの無愛想サウンド。バンドの本質が現れていてぼくはこのアルバムの方が好きです。デイヴ・グロールのドラムの破壊力がしっかりパックされている作品でもあります。③Heart Shaped Box、Rape Meが好き。

『Incesticide』1992年)

『In Utero』の前年にリリースされたコンピレーションアルバム。主にインディーズ時代のシングルデモ、B面曲、未発表曲などをまとめたもの。アルバムのアートワークはカートコバーン自身が手がけています。①Dive、②Sliverもとても良し!!「mexican Seafood」「Aero Zeppelin」など遊び心のある曲も入っています。ゲフィン・レコードからのリリース。

『MTV Unplugged In New York』1994年)

アンプラグド出演時のアコースティックライブアルバム。ニューヨークのソニースタジオでの録音になります。1994年、カートの死後初めての作品。アコースティック中心の曲構成。カバー曲も多く、3曲目はヴァセリンズの「Jesus Dosent Wont Me For A Sunbean」、4曲目はデヴィット・ボウイの「The Man Who Sold The World(世界を売った男)」、10曲目のミート・パペッツ「Plateay(プラトゥー)、最後はレッドベリーの「Where Did You Sleep Last Night」など普段のニルヴァーナと一風違った雰囲気を楽しめるアルバム。自身の曲のアコースティックバージョンも一品!!とてもいいアルバムだと思います。

『From the Muddy Banks of the Wishkah』1996年)

こちらはライブコンピレーションアルバム。カートの死後、クリス・ノヴォセリックとデイヴ・グロールによって発表された作品。元々は前述の『MTV Unplugged In New York』と2枚組での発売予定だったらしいのですが、カートの死のショックで選曲もままならなかったらしく別々のリリースになりました。このアルバムは19891994年のライブ音源からクリスによって選曲・ライナーノーツも書いています。曲構成もとてもよくうねりのあるライブアルバムとなっています。

 

この6枚がニルヴァーナを知る上で押さえておけばいいかなという作品群。ブート盤とかいろんなコンピ盤も出ているけど、まずはこの6枚。あっという間に聴けるボリュームだと思います。